お待たせしました~
「鶴橋で韓国」ディープ編です!
2022年11月に大阪に行き、大阪在住の友達に鶴橋~猪飼野を案内してもらいました。
元々は大韓ロック好きという繋がりですが、彼は古代の日本と朝鮮半島との交流、鶴橋〜猪飼野エリアについて個人で研究されていて、鶴橋で働いていることもあって彼の地元を案内してもらいました。
鶴橋駅で下車し、駅前の高坂書店で待ち合わせしました。
鶴橋という場所柄、朝鮮半島関係の書物もたくさんあって、他にない品揃えでした。
彼に紹介してもらった朝鮮半島関連の本をいくつか購入しました。
それから歩いて鶴橋の商店街を散策しました。
キムチ専門店や食堂がたくさんあり、店頭のメニューは完全に韓国でした。
こんな環境で仕事されてるなんて羨ましく思いました。
商店街を抜けると、ローソンがあって、かつてそこは鶴橋近辺の若者が集っていたディスコ、フガールがあったとのことでした。
韓国から来た生バンドの演奏で踊れるという、伝説のディスコです。建物もかっこよかったそうなので、健在の時に見たかったと思いました。
それから狭い路地の住宅街を抜けて、猪飼野コリアタウンに向かいました。
お店の名前が韓国語であることが多く、興味深く見ながら歩きました。
途中、お寺と納骨堂のビルがありました。かつて近くに火葬場があったとのことでした。
お寺も大きな納骨堂もまさに韓国にあるようなもので、このエリアに住む在日の方々の密度を感じさせるものでした。
川にかかる橋を渡ると、橋の欄干は勾玉がモチーフになったデザインでした。
川の両脇には住宅街が広がり、この川は生活に必要だったものだろうと思われました。
橋を渡ると百済門があり、そこから猪飼野コリアタウンです。
私たちが到着したのは午前中だったにも関わらず、すでに多くの人で賑わっていました。
キムチ専門店のキムチの種類の多さには圧倒されました。
珍しい長芋や蓮根、からし菜のキムチを買いました。近くに住んでいる人が本当に羨ましく思いました。
韓国食材の専門店も多く、韓国そのもののもの、それに日本という環境で生まれたであろうものもあり、新大久保とはまた違う、生活に密着した濃度と歴史を感じました。
それからオヂェパメンという、テジクッパの専門店で食事をしました。以前お取り寄せしたことがある店だったので、店で食べることができて感無量でした。テジクッパは釜山で何度か食べたことがありますが、現地並みか現地超え?と言えるほど美味しくてびっくりしました。店内はあっという間に満席になり、店を出る頃には行列ができていました。
コリアタウンでは小学生や中学生が社会見学やフィールドワーク的な調べ物をしている姿を見かけました。
友達によると、大阪の小中学校では積極的にこのような学習の機会を設けて、在日の人々と共生しているということを伝えているとのことでした。
コリアタウンの中にある公園では、ハラボジ達が集まってのんびり過ごしていました。
時々お酒を持って来る人がいて、酒盛りが始まることもあるとのことでした。
コリアタウンの中ほどにある、御幸森天神宮に行きました。
仁徳天皇の時代からある、非常に歴史のある神社です。
そこには猪飼野と鶴橋の歴史について書かれたパネルがありました。
猪飼野については、古代から渡来人との交流があったという、初めて知る内容で驚きました。
友達は、元々渡来人が住んでいた場所なので、朝鮮半島から渡ってきた人たちを受け入れやすい地域だったのではと思う、と言っていて、私も同じように感じました。
渡来人の王仁博士が詠んだ、難波津の歌という短歌を、日本語とハングルで表記してある石碑があり、ハングル表記の短歌に朝鮮半島と日本との交流の歴史を感じ、胸が熱くなる思いでした。
再度路地に入ると静かな住宅街で、工場の入口にトルハルバンがあったり、済州島にルーツのある方の工場なんだろうなと思いました。
韓国のお餅屋さんでお餅を買って、鶴橋を後にしました。短い時間でしたが、なかなか一人では来れないところまで説明付きで案内してもらい、改めて知らないことがまだたくさんあることが分かりました。韓国、朝鮮、在日の方々の歴史も含めて、知らないことを知ることは刺激になるし、理解が深まるとさらに知りたいことも増えていきます。コロナで渡韓できない間に、日本で在日の方々についての歴史や生活を少しずつですが知ることが出来て、言葉だけでなく、歴史や文化についても学ぶことへのモチベーションが高まりました。
鶴橋は見どころ・食べどころ・勉強どころ満載ですね!!
「映える旅」も「ディープな旅」も両方楽しんでみたくなりました!!
リポートありがとうございました!